総務大臣 野田 聖子 殿
2018年3月8日
日本民間放送労働組合連合会
中央執行委員長 赤塚オホロ
要 請 書
日頃の所管行政全般へのご努力に対し、敬意を表します。
一昨年、当時の高市早苗総務相が、政治的公平が疑われる放送が行われたと政府が判断した場合、その放送局に対して、電波法76条に基づいて電波停止を命じる可能性に言及する国会答弁を行いました。これを受けて貴省は「政治的公平の解釈について(政府統一見解)」を国会に提出しました。これは、これまで放送の政治的公平は番組編成全体で判断するとしてきた政府解釈を、「番組編集が不偏不党の立場から明らかに逸脱していると認められるといった極端な場合」には放送法違反と認定するという、従来に比べより踏み込んだ見解を示したものです。
このような政府見解に対して、国際社会からは疑問が突き付けられています。国連人権理事会は日本における表現の自由の問題をめぐって、政府による介入を避けるために放送における独立規制機関の設立などを提言しています。また、国内の多くの研究者も「番組内容は放送事業者の自律に基づくべきで、番組編集準則違反を理由に電波法の無線局の運用停止や放送法の業務停止などの行政処分を行うことは憲法上許されない」との意見です。そもそも、政府が第三者の意見聴取もなく放送の政治的公平を判断すること自体、憲法が保障する表現の自由、放送法が保障する番組編集の自由に照らして明らかな法解釈の誤りです。私たちは政府統一見解および総務大臣答弁の速やかな撤回を求めます。
安倍首相は今年1月の施政方針演説で「国民の共有財産である電波の有効利用に向けて、大胆な改革を進めてまいります」と述べ、放送を含む電波利用の「改革」に意欲を見せています。電波オークション制の導入なども取りざたされる中、上記のような放送法制に関する誤解に基づいて「改革」の議論を進めるようなことがあってはならないと私たちは考えます。
豪雨や豪雪など異常気象が続く中、各地で相次ぐ災害に際して、ローカル放送の重要性が増していることは明らかです。しかし、政府の政策は「放送番組の同一化による番組制作費の削減」など、放送局の事業再編を促すような制度整備を進めているようですが、こうした規制緩和策がローカル放送局の番組制作機能をいっそう縮小させることを、私たちは危惧しています。地域における放送局の存在意義が揺らぐようなことになれば、かえって民放系列ネットワーク全体の総合力を低下させ、放送の社会的使命を十分果たせなくなる恐れもあります。貴省に対し、放送の多元性・多様性・地域性を重視した県域免許原則を堅持する政策の推進を求めます。
安倍内閣は「憲法改正」について今国会でも強い意欲を見せていますが、改憲手続法(憲法改正国民投票法)は、国会議員が構成する「広報協議会」が政党による有料・無料の意見広告を取り仕切ること、政党の意見は「そのまま放送しなければならない」としていること、投票期日前14日間は有料意見広告を禁止していることなど、放送における表現の自由の観点からみて極めて重大な問題が十分審議されないまま、2007年に成立した経緯があります。こうした問題点を慎重に再検討することなく、憲法改正の具体的な手続きに入ることは許されません。
多くの市民や専門家、さらに国際団体なども強い懸念・反対を表明した特定秘密保護法が全面施行されています。膨大な行政情報を「秘密」として指定し、秘密を漏えいした者には厳罰を科すもので、報道関係者をはじめ秘密にアプローチしようとする者も処罰の対象としていることは表現・報道の自由に実質的な制限を加えるものです。報道機関で働く私たちは、同法の停止・法律の廃止を強く求めています。また、監視社会化を進める「共謀罪」関連法についても、私たちは早急な廃止を求めています。
貴省は「4K・8K」テレビを「次世代の高画質放送」と位置付けて、産業競争力向上の観点から積極的に推進する姿勢です。ようやくデジタル放送への切り替えが完了したという時期に、また次の新技術で家電製品の需要を喚起しようとしても、視聴者の理解は到底得られません。今年12月には衛星放送で4K・8Kの本放送が開始されますが、私たちは4K・8Kについて視聴者に新たな負担増を課すような過剰な推進策を取らないことを求めます。
「働き方改革」が政府の重要政策として掲げられているにもかかわらず、放送番組の制作現場では、極めて劣悪な労働条件で働かざるをえない労働者が多数存在している状態が、いっこうに改善されていません。それどころか、この間、放送局が推し進めてきた経費削減策が現場の労働者をいっそう疲弊させています。貴省は2009年に「放送コンテンツの製作取引適正化ガイドライン」を公表しましたが、このガイドラインが放送現場の労働環境改善に十分な効果をあげているとは到底言えないことは、貴省自身が行っているフォローアップ調査からも明らかです。公正取引委員会や厚生労働省など関係省庁とも連係され、放送局とプロダクションとの取引適正化や放送現場の労働環境を改善する施策を強化されるよう要請します。
ラジオは、震災に際してはきめ細かな情報を聴取者に提供して、その存在価値が見直されました。しかし、各地のラジオ局は経営環境の厳しさから存亡の危機に立たされていると言っても過言ではありません。難聴対策としてのAMラジオのFM補完も進んでいますが、聴取者の利益を念頭に、単なる経営効率化に留まらない、ラジオの媒体価値向上や経営の安定につながる行政的施策を早急に検討するよう、要請します。
貴省におかれましては、放送が国民生活や民主主義の発展に不可欠な存在であるという認識の下、以下の要請事項を真摯に受け止められ、今後の放送行政に反映されるよう、切に要望いたします。
要請事項
1.貴省が国会に提出した「政治的公平の解釈について(政府統一見解)」を撤回すること。
1.放送の独立規制機関の設置をはじめとする放送制度・放送行政の抜本的見直しを検討すること。
1.放送局の番組制作力の低下につながるような放送局の事業再編を推進しないこと。
1.番組内容を理由とした「厳重注意」などの行政指導は、放送局に萎縮効果をもたらし、表現の自由に深刻な影響を与えることから、行わないこと。
1.「改憲手続法」における放送メディアの取り扱いについて、憲法・放送法が保障する表現の自由・放送の自由の観点から慎重に見直し、放送の公平・公正が担保される措置を具体的に検討すること。その際、放送事業者や放送労働者の意見を積極的に聴取すること。
1.4K・8K放送の推進については、国民的合意を図りながら慎重に進めること。
1.「放送コンテンツの製作取引適正化ガイドライン」の遵守状況を定期的に点検・調査してその結果を公表し、実効をあげるための具体的かつ追加的なフォローアップを早急に実施すること。放送局と番組制作会社との取引の問題について、民放労連や関係する労働組合との意見交換の機会を設けること。
1.既存ラジオ媒体の経営改善につながる媒体価値向上や経営安定のための施策を検討・実施すること。
以 上