沖縄・辺野古と高江の新基地建設を許さず、戦争の放棄を順守する決議
六月一二日、大田昌秀・元沖縄県知事が亡くなり、七月二六日には県民葬が執り行われた。大田元知事は戦前の教育者を育てる沖縄師範学校時代、日本軍が県内の学徒を集めて組織した鉄血勤皇隊の一員として戦場に駆り出され、九死に一生を得た経験を持つ。戦後は琉球大学で沖縄戦研究の第一人者としての地位を確立した。
一九九〇年の県知事選には「基地の全面撤去」と「平和行政」を公約に掲げて初当選した。特に最大の功績は沖縄戦で亡くなったすべての名前を刻んだ「平和の礎」である。
県民葬には安倍晋三首相も参列し「基地負担の軽減」に取り組むと述べた。だが会場から「大田さんの理念である平和への思いを言うなら、宮古島にも石垣島にも辺野古にも基地は造らないでほしい」という切実な声が飛んだ。
沖縄慰霊の日の六月二三日。県主催の沖縄全戦没者追悼式でも「基地負担の軽減」を述べた首相に対し会場から「嘘つき!」「戦争屋かえれ!」の声が浴びせられた。
安倍政権は事あるたびに「基地負担の軽減」を口にし、いかにも沖縄に寄り添っているかのように装う。一方で、東村高江にオスプレイのための広大な着陸帯を造り、名護市辺野古では広大な海域をフロートで囲い、絶滅危惧種のジュゴンを追い出し、多種多様な生き物が生息する豊饒な海を埋め立てる工事を進めている。
翁長雄志沖縄県知事は首相との話し合いを求めているが、首相は無視し続けている。国会では「丁寧に説明しご理解を得ていく」と答弁するが、高江と辺野古では工事を強行した。機動隊と海上保安官を動員して基地建設に反対する県民を連日のように排除し、逮捕している。
これに対し沖縄県は七月二四日、政府を相手に岩礁破砕の差し止め訴訟を那覇地裁に提起した。翁長知事は「国は恣意的に見解を変えた。法治国家のあり方からは程遠い」と政府の姿勢を批判。裁判を通して政府の強権的な姿勢を浮かび上がらせることが出来ると、訴訟の意義を強調した。
辺野古新基地は今後の耐用年数が二〇〇年と言われる。他国の軍隊を沖縄に置き続けることに躊躇することなく突き進む安倍政権に、県民の怒りは沸点に達している。
私たちは、沖縄の高江、辺野古の新基地建設を許すことはできない。憲法が定めた「戦争の放棄」をあらためて心に刻み、沖縄にも、全国にも、戦争のための軍事施設の建設に反対していく。
右、決議する。
二〇一七年七月三〇日
日本民間放送労働組合連合会 第一二五回定期大会